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主はいつも語っておられる

そのとき、主はサムエルを呼ばれた。
彼は、「はい。ここにおります」と言って、
エリのところに走って行き、
「はい。ここにおります。私をお呼びになったので」と言った。
エリは、「私は呼ばない。帰って、おやすみ」と言った。
それでサムエルは戻って、寝た。

ーーー第1サムエル3章4〜5節ーーー


今日の聖書を見れば、

主がサムエルの名前を呼ばれた、

という事を見る事が出来ます。


その呼びかけに対して、

それが主の御声であるとは、

サムエルにはわかりませんでした。

サムエルはエリに呼ばれたと思ったのです。


しかしエリはサムエルを呼びませんでした。

確かに主からの語りかけであったのです。


そんな事が3回も続きました。

サムエルは呼ばれるたびに、

エリのところへと走って行くのです。


3度も同じ事が繰り返されたので、

エリが気付きました。

これは主からの呼びかけであると。


3度目の時にエリはこの様にサムエルに言いました。

今度呼ばれたら、

「主よ。お話しください。しもべは聞いております

と申し上げなさい」と。


その通りに主の4度目の語りかけがありました。

その時にサムエルはエリに教えられた通りに、

主に向かって「お話しください。

しもべはきいております」と語りました。

その時主はサムエルに対して、

主が語ろうとしておられた事を語り始めます。


今日の聖書を通して教えられる事は何か。

それは、私たちも主からの語りかけを、

知らずに過ごしている事はないかという事です。


主が私たちに語ってくださっているにも関わらずに、

私たちがそれを無視している事はないかという事です。


私たちが今日知るべき事は、

主からの語りかけは常にあるという事です。


その語りかけを、

私たちが聞こうとする時に、

聞くことが出来るという事であります。


すなわち、

主からの語りかけは、

私たちが御言葉を開く時に、

絶えることなく語られるのであります。


聖書の御言葉を開くならば、

その御言葉を読み始めるならば、

神様は次から次へと私たちに対して、

必要な語りかけを与えてくださるのです。


ですから私たちは、

主の御声を聞きたいならば、

聖書の御言葉を開き読む必要があります。


御言葉を読まずにいるという事は、

それは神様からの語りかけに対して、

無視をしている事と同じであります。


だから私たちは、

神様からの御声を聞きたいと願うならば、

常に御言葉を開き、読む必要があるのです。


御言葉を通して、

主はいつも必要なメッセージを、

私たちに与えてくださるのであります。


また主は、

私たちに与えられている状況を通して、

語ってくださるのであります。


私たちに与えられる試練を通して、

私たちに与えられる難しい状況を通して、

神様は私たちに必要なメッセージを、

与えてくださるという事であります。


私たちに与えられる環境に、

無駄な事は決してないという事です。


神様は私たちに与えられる環境を通して、

大切なメッセージを語ろうとしているのです。


私たちは何故この様な事になるのかと言って、

不平不満を語りたくなる状況におかれるのです。


しかしその中にも、

神様からの大切なメッセージがあるという事です。


私たちは常に、

神様からのメッセージに対して、

敏感な者でありたいと願うのです。


神様は今日も私達に語ります。

必要なメッセージを与えてくださいます。


神様の御声を今日も聞きながら生きたいです。

その為には御言葉を開く事です。

また私の人生に与えられる状況から、

神様のメッセージに耳を傾ける事です。


今日私たちの人生に、

多くの良い影響を与える大切な主の御声から、

たくさんの教えを受けたいと願います。

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2014-02-06 : 日々の黙想 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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Author:LJPC
アメリカのニューヨークとニュージャージーの2箇所で日本語によるキリスト教会(プロテスタント)を行なっています。日々の聖書黙想や様々な主題テーマについて書いていきます。

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